どなたかと申しますと、平知盛の三男です。
知章の同母弟になります。
この兄弟11歳離れているんですね;;
都落ちの際、家族と別れて伊賀に移り住んだことから、伊賀大夫と呼ばれています。
そのためか、残党狩りにあわずにすみました。
しかし、1196年、突然京都に現われます。が、鎌倉幕府に討たれてしまいます。
享年は兄知章と似たようなもので、17歳でした。
なぜ戻ったのかは不明なのですが、平家復興のために担ぎ上げられたという説も考えられます。なぜって、平知盛の息子で正室腹ですか
ら。
当然のごとくですが、花揃にはいません。
なので勝手に蔦。
イメージは知章に近いようにしました。
直垂にしたのは何となくです。狩衣描きすぎなので。
でもどちらかというと教経に似てしまったかも;;
☆人物情報☆
伊賀大夫平知忠(たいらのともただ)。1180-1196.07.22
父は平知盛、母は八条院治部卿局。
都落ちの際は幼かったため、乳母子の橘為教に預けられる。
その後再会することはなく、京都で鎌倉幕府に討たれている。享年17。
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